旧東海道水口宿
東見附付近の家並み
滋賀県水口町
 

2017年 
水彩 
F4
関西経済連合会発行広報誌「経済人」2017年5月号表紙は、滋賀県の水口のスケッチで構成した。東海道五十三次の江戸日本橋から50番目の宿場。西に水口城、東に3筋に分かれた街道の町並みが続く。高札場があった付近の家並みは往時の面影を残す。夕暮れが近づき人影が絶えた旧街道を描く。
2917/10/28記
■関西経済連合会発行広報誌「経済人」2017年5月号表紙に掲載

葛城館 
和歌山県橋本市
高野口町 




2016年  
水彩  
120x165mm
関西経済連合会発行広報誌「経済人」2016年7月号は和歌山県の高野口町のスケッチで構成した。高野口町はその名のとおり、平安時代から高野山の参詣客でにぎわった町。高野山参詣と大和街道の宿場町として栄えた。JRの高野口駅の駅のまん前に旅館「葛城館」がある。かつて高野詣の拠点であったことをしのばせる、木造3階建て総ガラス戸の大きくて立派な宿屋である。昔にもどって、大勢の人と泊ってみたいような。建物はガラスがキラキラ光ってきれいだ。しかしもう営業はしていない。
2017/02/26記
関西経済連合会発行広報誌「経済人」2016年7月号表紙に掲載



烏帽子形八幡神社 大阪河内長野  



2015年 
水彩 
120x165mm
関西経済連合会発行広報誌「経済人」2015年11月号表紙「スケッチ紀行-歴史を歩く」は、大阪・河内長野。烏帽子形八幡神社は高野街道沿いにあり、背後の烏帽子形山には楠正成の城があった。街道から石段を上る。室町時代に建立された本殿は重文。
2017/10/27記
■関西経済連合会発行広報誌
 「経済人」2015年11月号表紙に掲載
西條合資会社
旧店舗主屋 
大阪河内長野 




2015年 
水彩 
120x165mm
関西経済連合会発行広報誌「経済人」2015年11月号表紙「スケッチ紀行-歴史を歩く」は、大阪・河内長野。市内を高野街道が南北に貫く。西條合資会社は街道沿いに文化財の店舗や蔵をもつ、地元の蔵元。
市内の天野山金剛寺で古くから造られていたが、17世紀に醸造が途絶えていた銘酒「天野酒」を復活させた。
2016/10/25記
■関西経済連合会発行広報誌「経済人2015年11月号表紙に掲載


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水彩画スケッチ紀行


街道を歩く

01  




YASUDA YASUYUKI

旧三日市宿 
大阪河内長野 
     



2015年 
水彩 
120x165mm
関西経済連合会発行広報誌「経済人」2015年11月号表紙「スケッチ紀行-歴史を歩く」は、大阪・河内長野。高野街道の宿場。かつては20軒ほどの旅籠があったという。幕末、天誅組が五條に向かう前に立ち寄ったという話も残っている。なだらかな坂道に沿って湾曲する家並みが変化のある構図をつくってくれる。
2016/10/28記
■関西経済連合会発行広報誌
 「経済人」2015年11月号表紙に掲載

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安田泰幸アート&スケッチ

街道を歩く                                             01      


葛城館 
橋本市高野口町 




2016年  
水彩  
120x165mm
関西経済連合会発行広報誌「経済人」2016年7月号は和歌山県の高野口町のスケッチで構成した。高野口町はその名のとおり、平安時代から高野山の参詣客でにぎわった町。高野山参詣と大和街道の宿場町として栄えた。JRの高野口駅の近く、大和街道沿いにたつ前田邸は豪壮な商家の構えを残す。江戸時代から薬種商を営み、庄屋をつとめたという。宇陀、吉野の薬の産地に近く、参詣客も薬を求めて帰ったのだろうか。
2017/02/25記
■関西経済連合会発行広報誌「経済人」2016年7月号表紙に掲載



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